[第11話]“善戦”から得たモノ
程なくして対戦相手“三ヶ日ジュニアファイターズ”が到着。
「おはようございます!」
大きな声でグランドに挨拶をし、笑みひとつなくグランドへと進み入る。
のっけから“強豪”ムード満載だ。
試合開始直前。
コーチがみんなを集めて“気合”を入れる。
久しぶりに観るコウタのユニフォーム姿。ドクターヘリで運ばれてからちょうど6週間。コウタがグランドに帰ってきた!
「プレイボール!」
試合はファイターズの攻撃で始まった。
フレンズの先発は“エース”のサトシ。
野球センスは“No.1”で、(体重を活かした)剛球とホームランも打てる長打力が持ち味だ。
守備は随分変わっていた。
キャッチャーには本来セカンドのユウが入り、セカンドには本来キャッチャーのキョウスケ、センターには本来ライトのコウセイ(4年生)、ライトには初スタメンとなるタツヤ(4年生)が入り、ファーストには本来センターのコウヘイが入った。
どうやらキョウスケは肩を痛めてキャッチャーができないらしく、そのために守備位置を“さらに”変更せざるを得なかったようだ。
普段練習していないポジションを守る選手が多いため、どうしても守備に不安が残る。
初回はサトシの剛球が唸りを上げてファイターズに襲い掛かる。
全くタイミングがあっていない。
あっという間に追い込むと、最後は渾身のストレートを投込む。
バッターはなんとかバットに当てたが“絵に描いたような”ボテボテ。
「よしワンアウト!」と思った瞬間“まさか”のエラー。
いきなりピンチを向かえる。
“投げてよし、守ってよし、打ってよし”のサトシだが、ひとつだけ欠点がある。メンタルの弱さだ。エラーなどがあると我を失い、フォアボールを連発して自滅するケースが多かった。
もちろんバッティングにもその影響が“モロ”に出る。
しかしこの日のサトシは“違った”。
ロージンに手をやり、エラーした選手に声をかけ、何事もなかったかのように投げ始めた。
淡々と、冷静さを失わずに投げ始めた。
満塁まで攻め込まれたが、サトシの好投が光り、この回を無失点で切り抜けた。
1回裏、フレンズの攻撃。
コウタは3塁コーチに。
3塁コーチは“大事”な3塁ランナーに指示を送るのが役割。得点が入るかどうかの瀬戸際を受け持つ。
1番の“韋駄天”キョウタロウが出塁すると、すかさず盗塁。
チャンスをつくると、相手のミスに乗じてフレンズが先制。
1-0とした。
2回はファイターズが足を絡めて追いつく。
1-1。
3回表ファイターズの攻撃。
“またもや”フレンズにエラーが出る。
何でもないサードゴロ。これを捕ってファーストへ“いい”送球。これをファーストのコウヘイが落球。
普段練習したことがないファーストを守るコウヘイからは緊張感が“バシバシ”伝わってくる。
もはや“ガチガチ”だ。
「みんなカタいぞ~!もっと楽しめ~!」
ベンチから大きな激が飛ぶ。
声の主はコウタだった。
コーチの隣にドカっと座り、指導者然とした態度で試合に入り込んでいた。
コーチは試合中でもミスがあると怒鳴ることが多いのだが、この日は黙って戦況を観ていた。
コーチが言おうとすることをコウタが叫ぶからだ。
コウタが守備位置の指示を叫ぶと、選手は大声で返事をして移動した。
コウタが声を出すように促すと、みんな一斉に大声を出した。
チームのみんなはコウタを受け入れてくれていた。
いや待っていてくれたのかもしれない。
満塁。
ピンチは続くがサトシが踏ん張り2アウトまでこぎつけた。
しかし、ここで再びエラー。
ファイターズが勝ち越しに成功する。
1-2。
続くバッターはボテボテの当たりが三遊間を抜けレフト前へ。
これを猛烈に突っ込んだエイスケが“まさか”の後逸。ランナーが次々と帰り、1-5。
ファイターズのリードが広がった。
本来の守備位置ではないために、いつもよりエラーが多い。
それでもサトシは淡々と表情を変えずにキャッチャーミット目掛けてボールを投込む。
3回裏。
サトシのバットが火を噴く。
ストレートを真芯で捕らえた打球は、一直線にサードの頭を越えレフト戦を破った。
このサトシのツーベースヒットを足がかりに1点を返す。
3回を終わって2-5。
この後は緊迫した投手戦。
エラーがあろうが、フォアボールを出そうが、サトシは淡々と表情を変えずにボールを投込む。
周りの選手に声を掛けながら、ロージンを触って間をとりながら、淡々と表情を掛けずにボールをユウの構えるキャッチャーミットへ投込む。
もはや“気が弱い”サトシの面影はどこにもない。風格さえ漂っていた。
思えば、このチームが始動した時はバッテリーが下級生だった。
コウタのいる5年生は“谷間世代”と呼ばれていた。
主要なポジションは下級生が占め、空いたところにコウタたちが入るようなチームだった。
それが今日は、5年生のサトシが投げ、5年生のユウが受けている。
しかも“超”強豪のファイターズと好ゲームを展開しているではないか。
涙が溢れてきた。
今の5年生は“片端”の集まりだ。
サトシは、肩が強く、バッティングもいいが、メンタルが弱く、とにかく足が遅い。
ユウは、走攻守をそつなくこなし、気持ちも強いが、肩が弱い。
コウヘイは、肩が強く、パワーもあるが、メンタルがメチャクチャ弱い。
エイスケは足が速いが、守備とバッティングはさっぱり。
コウタに至っては“何もない”。あるのは“根性”だけだ。
そんな5年生がファイターズに勝つために“一生懸命”戦っている。
各々が欠点に目をつぶり、チームの勝利のためにできることを全力でする。
それは相手がどこであろうと関係ない。
自分ができることを精一杯やる。
全てはチームの勝利のため。
そんなことを思ったら、溢れる涙を止めることができなかった。
その後、1点を追加され2-6の4点差で最終回へ。
最終回裏、フレンズの攻撃は下位打線から。
フレンズの欠点は下位打線の迫力不足。
この日もチャンスすらつくれていない。
しかしこの時ばかりは違った。
ボールに喰らいつき、粘り、フォアボールを選び出塁。
「次に繋ごう」という気持ちが、観ている方にまで伝わってきた。
上位打線へ繋りチャンスはさらに広がる。
2アウトながら満塁。
ネクストバッターサークルにはサトシ。
なんとかサトシまで繋ぎ、一発が出れば“サヨナラ”だ。バックネット裏で観戦していたのだが、ふとサトシと目が合った。
サトシは力強くうなづくと、バッターボックスへと向かった。
もはやサトシからはオーラが出ている。
初球。
思い切り引っ張った“強烈”なアタリは3塁線の左へ抜けてファール。
これでピッチャーはびびったのか、ストライクが入らなくなった。
結局サトシは“押し出し”のフォアボールで、3-6となった。
続くユウも押し出しで4-6。
なおも満塁。
さらに押し出しで5-6。一点差。
バッターボックスには“5年生”のエイスケ。
この日は失点に繋がるエラーなどがあり、精彩を欠いていた。
しかしここはフォアボールでも同点、一打出れば“逆転サヨナラ”の場面。
燃えないワケがない。
バットを立てると1点を見つめ集中を高めると、
相手投手を睨みつけてから構えた。
緊張感は最高潮。
初球、頭付近に球がきてボール。
2球目、“ド”真ん中のストライク。
(緊張感で体が動かないのか…)
3球目、大きく外れてボール。
カウントはワンストライク、ツーボール。
4球目、これも大きく外れてボール。
ワンストライク、スリーボール。
次がボールなら同点だ!
サトシの打席以降、依然ピッチャーの制球は定まっていない。
5球目、高めの“ボール”球に手が出てファール。
(く~ぅ)
カウントはツー・スリー。
運命の6球目…
「ストライ~ク、バッターアウト!ゲームセット!」
エイスケは手が出なかった…
5-6でフレンズは負けた。
スポーツは負けて得ることがある、とよく聞くが、勝った方が得ることが多いに決まってる。
負けるなら大敗。接戦は“必ず”勝たなければならない。“善戦”ではほとんど何も得ることができない…。
試合後、エイスケが泣いていた。
人目もはばからず泣いていた。
エイスケはこれまで、試合に負けて泣いたことがない。
他の5年生みんなが悔しくて泣いていても、エイスケだけは泣かなかった。
どこか“のほの~ん”としていた。
しかし、この日は泣いた。
“あの”エイスケが泣いたのだ。
初めて“ホントに”悔しいと思えたのだろう。
この悔しい気持ちは、スポーツをしている人しか味わえない。
まだ小学5年生。
本当は野球なんかせずに遊びたいだろう。
そんな気持ちを押し殺し、みんなが遊んでいる時間を、ずっと野球の練習に費やした。
とても「好き」で取り組んでいるとは思えなかったが、遊びを我慢して野球をしていた。
プレーの上達はもう少し先かもしれない。
だがこの日見せたエイスケの涙は、間違いなく“スポーツ選手”の涙だった。
少しずつかもしれないが、確実に成長していることを感じ取ることができた。
そしてこのエイスケの成長は、間違いなくチーム全員の成長へと繋がる。
だとすれば“善戦”だったこの試合、得たものは“とてつもなく”大きいに違いない。