[第17話]復帰後初の公式戦へ。
11月20日。
この日は秋季大会準決勝。
秋季大会は6年生にとって最後の公式戦となる。
優勝して有終の美を飾りたいところ。
対戦相手は「細江」。
数々の大会で好成績を残した今年のチームだが、細江には1勝もしていない。思い起こせば、いいところまでいっては細江に負けるという一年だった。こっちからすれば天敵、向こうからすればお得意様だ。
なんとしても一矢を報いたい。
フレンズが先攻で「プレイボール」。
この日もコウタは三塁コーチだった。
ベンチのサインを見るコウタ。
夏までは試合にも出られて技術的にも向上したが、事故以降はほとんど試合に出られず悔しい1年だった。しかし一方で、精神的にはビックリするくらい成長した1年でもあった。
試合は幸先良くフレンズが2点を先攻。
しかし、2回、3回に連打やミスでランナーをため、長打を打たれ逆転を許す。その後もミスが重なり7点を奪われた。
チームが意気消沈する中、グランドにはコウタの声が響き渡る。
この辺が成長の証。
試合に出られなくても、今自分ができることを見つけて精一杯やる。試合に出ていないコウタができることはチームメイトを鼓舞することだけだ。
楽勝ムードの細江はエースピッチャーに変えて、2番手に左ピッチャーをマウンドに上げた。
するとフレンズは相手のミスに付け込み2アウトながらチャンスを迎える。
バッターボックスには5番サトシ。
サトシは5年生チームの“エースで4番”。押しも押されぬ“大黒柱”だ。
5年生の代は“谷間”と呼ばれていた。運動神経がいい子が集まった6年生・4年生に対し、5年生はコウタを筆頭に“ドンくさい”子が多かった。6年生が5人と少ないため、5年生は試合に出る機会が多かったが、戦力とは言いがたかった。練習も5年生には特に厳しく、時には泣きながらノックを受けることもあった。
そんな5年生だが、初夏に行われたジュニア大会(5年生以下)では優勝候補に挙げられるほどに成長した。もちろん4年生の力もあるが、初動を考えれば5年生は急速に成長した。
そんな5年生の大黒柱サトシは6年生の試合でクリーンナップを任されるほどになった。
(打って欲しい!)
5年生の成長した姿を見せるためにも、戦力になったと思ってもらうためにも打って欲しかった。
「カキーン」
ジャストミートしたが、強烈な打球は無情にもショートの真正面。相手のショートがさばききれずハンブルしたが、落ち着いて処理しアウト。
結果は残念だったが、力は充分に見せてくれた。
試合は細江が5点リードのまま最終回へ。
フレンズ最後の攻撃。
(あれ?)
三塁コーチボックスにいるはずのコウタが“いない”。
(いない…ということは…)
ネクストバッターズサークルにコウタの姿があった。
事故後初の公式戦での打席だ!
もう少し感慨深いものがあるかと思ったが、特別な感情はなかった。
ただ、コウタが本来いるべき場所に戻った、という感じの方が強い。
ここで代打ということは「来年は主軸でがんばってくれよ!」という監督からのメッセージ。当然本人も分かっている。この場面でコウタがすべきことは“出塁”だ。カッコいいヒットはいらない。何をしようが出塁することがコウタに与えられた“ミッション”だ。
ベンチからの指示を聞くコウタ。四球、死球が極めて多いため出塁の期待は高まるが、親としてはバットを少し長めに持って日々の素振りの成果を見せて欲しいところ…
ワンアウトランナーなし。
代打コウタ。
極限まで短く持ってバッターボックスに入る。
ギリギリまでボールを見極めるコウタ。久々の公式戦のバッターボックスだが“相変わらず”ボールは見えているようだ。
「カキーン」
インコース低めを思い切り引っ張った。
が、ボールはバットの先っぽの丸い所に当たってボテボテのゴロ。
(バット短く持ちすぎか!?)
ピッチャーがマウンドを駆け下りボールを捕ってファーストへ。
誰もがアウトと思ったが、これが悪送球。
エラーで出塁。
(一応、ミッション完了…)
その後後続が倒れて試合終了。
6年生最後の試合は「秋季大会3位」という結果に終わった。
決勝戦のカードは「細江」対“最強”「三ヶ日ジュニアファイターズ」。
フレンズのメンバーは芝生のスタンドで昼食を取ることになった。
おにぎりを食べ次第遊びだす子、砂いじりをする子、おしゃべりをする子がほとんどの中、“じっ”とグランドを見つめている子がいた。
ユウとコウタだ。
二人は全く別の場所に座っていたのだが、それぞれが誰に促されたわけでもなくグランドで行われている試合を見ていた。二人の間にいる子たちがじゃれ合っていたいたため、そのコントラストはより鮮明になった。
6年生は今日で終わりだが、5年生は今日がスタート。
(自分がやれることを探して一生懸命やる)
二人が見ているグランドは、見るための場所ではない。二人がプレーをすべきステージだ。
「来年こそはあのステージで!」
別々の場所で“じっ”と試合を見ていた二人は、こんなことを思っていたのかもしれない。
いよいよ「コウタ世代」が始まる。
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