[第10話]復活への“第一歩”

空飛ぶ野球少年

9月29日。

直り具合の確認のため通院。

この日の最大の目的は「野球やってもいいよ」のゴーサインをもらうことだ。

前回は「素振りも、キャッチボールもダメ」のダメダメ尽くしだったが、今回は「OK」サインが出ることを祈りながら聖隷病院へと向かった。

コウタの担当医は、小学校から大学までずっと野球をやっていた“野球少年”だ。
だから、ホント親身になって診てくれている。

「よし!キャッチボールや素振りはやってもいいよ。そのかわり少しずつだよ。急に負荷かけないようにね」

“完全なる”ゴーサインはでなかった。
それでも、キャッチボールと素振りの許可が出た。

怪我の経過も順調のようだ。

「次は2週間後。その時にはゴーが出せると思うよ。無理をしなければね」

コウタはこういう時、大体“やりすぎる”。

今回ばかりは嫁さんが“きつく”言ったようだ。

 
10月2日。

この日はジュニア(5年生以下)大会の決勝戦。

決勝戦と言っても旧三ヶ日町内5チームの中でチャンピオンを決めるだけなのでたいした大会ではないのだが、決勝の相手は三ヶ日ジュニアファイターズ。県内きっての“超”強豪チームだ。三ヶ日フレンズ(30年以上前の)創部以来、ほとんど勝ったことがない。

もちろん、ほとんどの人たちがファイターズが圧勝すると思っている。

子供たちと父兄は朝7時30分に集合。
父兄は会場設営。子供たちはウォーミングアップを兼ねた練習をする。この日から、コウタも全体練習に“できるだけ”参加。負荷のかかる練習は自らが辞退の旨をコーチに伝え、球拾いをする約束になっていたらしい。

柔軟体操を終え、グランドを5周走る。

コウタも走った。
お医者さんから「走ってもいい」とは言われていたが「こけちゃダメ」と言われていたので、どうしても走り込みは少なくなっていた。

「ヨ~イ、ドン」
一斉に走り出す。
いつもは大体順番が決まっていて、6年生の足の速い子が先頭を走り、その次の次が“コウタの定位置”だった。
しかし、この日は後続にドンドン抜かれ、中盤くらいでゴール。

プロスポーツ選手でも怪我からの復帰には時間がかかる。

今年1月に怪我をし、先週試合に復活したテニスプレーヤー“デルポトロ”。
昨年の全米オープンの覇者で近い将来のナンバーワン、と言われるほどの逸材だ。現在「楽天ジャパンオープン」で来日しているが、初戦で一方的に負けた。

「短期間で元のレベルに戻すのは難しい。僕がラケットを握れない間、みんなはどんどん先に進んでいたんだから…」と言うのは試合後のデルポトロのコメント。

怪我をしている間に他の人たちは努力を重ね、どんどん先に進んでいく。

追いつくためには今まで以上の努力が必要になる。

次にキャッチボール。
実はギブスが取れてからまだ一度も“まともに”キャッチボールをしていない。全力で投げるのにはまだ抵抗があるようだ(全力投球はまだゴー出ていませんが…)。

「どうすんだろ?」

少し様子を見ていた。

コーチに辞退を申し出るタイミングでもある。

ベンチにグローブを取りに来る間、少し迷っている様子が見てとれた。

「こりゃ無理だな…」

嫁さんと“負荷のかかる練習には参加しない”約束で練習に参加している。
怪我をしたのは利き腕の手首だ。
当然、キャッチボールも負荷のかかる練習に属する。

練習をやめると思ったその時、コウタは“ゆ~くり”グローブを手に取った。
そして“そ~っと”コチラを見た。

少し驚いたが、ゆっくりと、コウタに分かるようにうなずいた。

日々コウタを見ているのは嫁さんだ。
コウタを病院に連れてくのも、医者の話を聞くのも嫁さんだ。誰よりもコウタのことを心配しているのも嫁さんだ。
ここでやらせたら後から嫁さんに怒られるかな、と思い、少し躊躇したがうなずいてしまった。やはり本音はやって欲しい。

コウタが野球をすることを誰よりも応援している。

始めた頃は一番ヘタだったコウタが誰よりも上達したことを知っている。
もちろんコウタの技量は分かっている。プロ野球選手になれるわけでも、甲子園に出られるわけではない。過度な期待は全くしていない。だからそこ、あと1年半、小学生の間は野球に“燃えて”欲しい。仲間と一緒にがんばるこの1年半は、何よりも貴重な、今後の人生を左右するほど大きな1年半になると思っている。この1年半でのがんばりが、その先のがんばりへと繋がっていく。

コウタとキャッチボールをするために待っていたのは“ユウ”だった。

ユウはコウタの傷が癒え、一緒にキャッチボールできる日を心待ちにしてくれていたらしい。

ユウは“手加減抜き”でビュンビュンボールをコウタに投込む。
まるで「もう一回、一緒にがんばるぞ!」というメッセージが込められているようだった。始めは怖さからか、軽く投げていたコウタだが、ユウに応えるように強い球を投げだした。

会話を言葉のキャッチボールというが、男のキャッチボールは“言葉”はいらない。観ているだけで、お互いの気持ちが“ビンビン”伝わってきた。

しかし残念なことに、コウタの投げるボールは以前のようなボールではない。勢いがない。

怪我をしている間に他の人たちは努力を重ね、どんどん先に進んでいく…

追いつくのには“相当”時間がかかる。

しかし、追いつくための、再び野球をするための、大きな大きな“第一歩”であることに間違いはない。

空飛ぶ野球少年

関連記事