[第8話]走れ“コウタ”

空飛ぶ野球少年

9月15日。

今日は左腕のギブスを外して再検査の日。

再度レントゲンを撮り怪我の治り具合を確認する。

まずは、ピザをカットする丸いナイフのような器具でギブスをカット。
久しぶりに左腕が現れた。
その左腕は右腕よりのさらに細く、まさに“骨だけ”のように見えた。

レントゲン室に入りレントゲンを撮り、レントゲン室の前の待合所で結果が出るのを待つ。

程なくしてから
「では、整形外科に行ってください」

整形外科へと向かう。

「ギブス外れるかね?」
コウタが尋ねる。

「いやあ~、いくらなんでもまだでしょ」

整形外科へ入る。

先生がレントゲンを見ながら説明。

「結論から言いますと、非常に順調です!骨はもうくっついてます!」

その後も先生の説明は続く。

「…ということですので、ギブスは終わりです!」

ドクターヘリで搬送された事故から“わずか”25日。
両手のギブスが外れた!

それを聞いたコウタがすかさず先生に質問。

「キャッチボールやっていいですか?」

「は?ダメダメ!」

「素振りは?」

「ダメダメダメ!」

「右手だけなら素振りやっていいですか?」

コウタの攻撃は続く。

「それも絶対ダメ!」

(もうすでにやっているのだが…)

もはや 先生苦笑い…

「まだ重いものはダメ!持っていい重さの目安は2キロくらいまで!とにかく2週間は“絶対”安静にするように!」

2週間後に再検査があり、その時に問題がなければ少しずつ負荷をかけていくことになるらしい。

思った以上に回復が早くて良かった!

しかし、野球をやれるようになるまでは、まだまだ時間がかかりそうだ。

9月18日。

両腕のギブスが外れた最初の週末。

心配してくれていた、嫁さんの実家の両親にコウタの現状を見せるため、金曜日の夜から泊まりに行っていた。午後に帰ってくると、コウタは“リハビリ”のゲームに勤しむ。コッチはこっちでなんとな~くテレビを眺めながらだらだらと過ごす。何気ない週末の光景だ。

4時30分頃。状況が激変する。

「よし!走りに行くから自転車で着いてきて!」

「お、おう」

突然走ると言い出した。

ちょっとビックリしたが、それでも裏の広場で“少~し”走って終わりだと思っていたので、“歩いて”広場へと向かった。

そこでは、走り方の矯正やダッシュを数回行った。これにはバレーボールを始めた4年生の妹も付き合ったのだが、すぐに飽きて広場に落ちている“BB弾”を拾い集めだした。
コウタもつられダッシュは終了。

ある程度、予想できた展開だった。

程なくすると、コウタが再び口を開いた。

「もっと長い距離を走りたい!」

「ん!?じゃあこの辺をグルッと回ろうか?」

ギブスは取れたが、月内は“絶対安静”のため、コケることは許されない。コケた瞬間、全てが振り出しに戻る。
それでも、「走りたい」という意欲に応えたいと思い、自転車で付き添い、できるだけ危なくない道へと誘導することにした。

これにもバレーを始めた妹が参加。

「よし行こう!」

娘の“ピンク”の自転車にまたがり二人を誘導する。

家を出て北へ進むとお寺がある。そこを左折し牛小屋を回って、家の前の坂を上ってゴール。1周8分くらいのコースを想定してゆっくりと進む。

「もっとスピード上げて!」

危ないかなとも思ったが、「せっかくやる気になってるんだから」と思い、少しずつペースを上げる。

しばらくすると遠くから声が聞こえた。

「ちょっと早い!」

遠くから妹が叫んでいた。

気づけば走るペースが相当速くなっていた。

歩き出した妹を尻目に、予定したコースを瞬く間に完走。
とにかくコケなくて良かった。

安堵と共に自転車を片づけようとした時、

「もう1周行くか!」

肩で息するコウタが言い出した。

(おいおいおい!これ以上はヤバイでしょ…)

しかしコウタの目は“本気”だった。
「本当に走りたい!」と訴えかける目だった。

野球はまだまだできない。
それでもやっと走ることができるようになった。
みんなは日々練習し、上達をしている。
置いていかれる訳にはいかない。
やれることをやるしかない。
この走るという行為は、あるべき場所へ戻るための“最初の一歩”だった。

「よし行こう!」

この日はダッシュを含め、30分以上走った。

9月19日。

この日は久しぶりに家族で遊園地(パルパル)へ。子供たちは大はしゃぎで色々なアトラクションにチャレンジしていた。日曜日はいつも野球の練習があったため、家族でこうして出掛けるのは1年ぶり。“子供が子供らしく”感じられた。たまにはこういうのも悪くない。

帰宅後、コウタが再び、

「よし、じゃあ走りにいくか!」

「マジっすか?」

昨日と同じコースを走った。さんざん遊園地で遊んできたというのに、走った。

息を荒げながら、手を抜かず、一生懸命走っていた。

親が子供に対してできることは、一生懸命物事に取り組む子供をサポートすることぐらいしかない。
5年生にもなると“すでに”自我が芽生えているように思う。

がんばる子供に負けないように、親は親で“しっかりした”背中を見せることが大事だ。コウタを見て改めてそう思う。

汗を拭くコウタが眩しく見えた。

空飛ぶ野球少年

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