[第7話]最初の“水曜日”

空飛ぶ野球少年

先日嫁さんとの会話を何気なく聞いていると、
「コウタ二学期学級委員じゃん。それでさあ…」

(えっ!?学級委員なの?)

学級委員というフレーズに思わず身を乗り出しそうになったが、
「学級委員なの?」
なんて聞くと、
「そんなことも知らなかったのか!?」
と怒られそうなので、必死の思いで知っているフリをしたのだが…。

学級委員長は始業式の日に決める。

二学期の学級委員長は二学期の始業式に決めたようだが、コウタは怪我の影響で始業式当日は欠席していた。なのに、コウタが学級委員長らしい。

しかしコウタのクラスでは“学級委員長”は花形の係。
係を決める時は学級委員長に人気が集中し、投票だとか、じゃんけんだとかで決めている。

当時は、なんか大変そうな“学級委員長”はできるだけ避けたい係だった。
狙い目は、大して仕事がない“保健係”か“黒板係”。
だから、係を決める時に休んでる子がいれば、その子に学級委員長を押し付ける“欠席裁判”がよくあったのものだが、今では人気の係らしい。

そういえば、コウタは一学期も立候補したらしいが、「他の子がやりたそうだったから譲った」なんて話を聞いていたことを思い出した。

(人気の係だったら、なぜ投票日当日、学校を休んだコウタが学級委員長になったんだろうか?)

理由くらい聞いても怒られないだろうと、嫁さんに聞いてみた。

「なんでコウタが学級委員長になったの?」

「今回はみんな立候補しなかったんだって。コウタさんがやりたい、って言ってましたって誰かが言ったら、みんなコウタさんでいい、って言ってくれたみたい」

これにはビックリした。確かにコウタのクラスメイトは良い子ばかり。
でも、年間で3人しかなれない学級委員長。今までの事を考えれば、当然やりたい人が複数いたはずだ。その子たち全てが我慢して、コウタに譲ったというのだ。コウタは半ば諦めていたに違いない。係を決める日にその場にいないわけだから。しかし、クラスメイトがコウタを選んでくれた。

当分の間何もできないコウタに、居場所を作ってくれたクラスメイト。

その気持ちがただただ嬉しかった。

その一方でコウタは、先生から「二学期は企画係をやって欲しい」と水面下で打診されていた。

二学期は一大イベントである“運動会”があり、企画係が中心となって運営する。二学期の企画係は学級委員長と並ぶ“花形”係だ。悪い話ではない。

しかしコウタはその申し出を断っていた。

理由は、
「水曜日は野球の自主練があるから」
だそうだ。

企画係の活動はほとんどが水曜日の放課後。

この時間には野球チームの自主練習がある。
“自主錬”というからには、行きたい人だけ行けばいいのだが、コウタは自主錬にも休まず参加していた。

平日の自主練とはいえ、意外とちゃんとやっている。

学校が終わると一旦家に帰り、グローブとバット、それに水筒を抱え、自転車で再び練習場である学校へ向かう。
学校には、仕事が水曜日休みの指導者の方、父兄がおり、練習をサポートする。

自主練は土曜日にもあるが、土曜日は守備練習中心。
そして、この水曜日の自主練は“バッティング”中心。
思う存分打つことができるこの日を、みんな楽しみにしていた。

学校の“面白そうな”行事より、野球の練習の方が楽しみだったのだ。

しかしながら、せっかく水曜日を野球のために時間を作ったものの、野球はできない。

「どうせ野球ができないんだったら企画係を受けておけば良かった」と思ってるのかな、なんて考えてみたりした。

学級委員長となった最初の水曜日。

今までのように慌てて家へ帰ることはない。

校門で嫁さんの迎えを待ち、迎えが来ると、バッティング練習をするチームメイトの姿を尻目に、家へ帰る。

いつまでかは分からないが、しばらくの間はそんな水曜日が続くことになる。
その間にチームメイトはドンドンと力を付けていく。

「置いてかれるじゃないか…」
という不安と共に、家へ帰る。

少し涼しくなり始めたこの日の夕方、コウタは片手で素振りをはじめた。

空飛ぶ野球少年

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