勝利を目指す過程の中に、人間力や継続力、忍耐力、集中力、団結力、行動力などなど、魅力的な人間になるためのエッセンスが盛り込まれている。

編集長のひとりごと

勝利を目指すことは“悪”か。

中学3年生、最後の夏が終わった。みんなにとって、中学の部活動はどういったものだっただろうか。「楽しかった」という子もいれば、「辛かった」という子もいるだろうが、大人になって振り返った時、総じて「いい思い出」になっていることが多い。今は次のステージに向けて、新たな目標と共に、新たな歩みを進めてほしい。

今回から中体連には大きな変化があった。それはクラブチームの参加。参加するためには条件があるため、全てのチームが参加した訳ではないが、今後さらに大きな変化が訪れることが予想される。

そもそもスポーツ競技には勝敗がある。選手は皆、勝利を目指して日々の練習に取り組む。勝利を目指す過程の中に、人間力や継続力、忍耐力、集中力、団結力、行動力などなど、魅力的な人間になるためのエッセンスが盛り込まれている。「勝つことが全てではないだろう」と言う方もいることは重々承知。結果が全てではない。結果を本気で目指すからこそ子供たちは本気になる。その過程にこそ、重要な要素が盛り込まれている。

批判の的となっている、指導者による「勝利絶対主義」。「勝てば何をやってもいい」と言う考えは確かに良くない。この考えは指導者によるパワハラ、エコひいきの温床になりかねない。では、スポーツ競技で勝利を目指さないことが正しいのかといえば、多くの方が「それは違う」と言うだろう。やはり、勝利を目指すからこそ頑張れる訳で、勝つからこそ楽しい。

現在、国が推し進める部活動の地域クラブ化。都市部や小規模市町村では既に始まっている所もあるが、問題は山積み。今回の中体連出場条件には、「平日の練習は2時間以内、週末は土曜日、日曜日のいずれかが休み」のような項目があったと聞く。そもそも活動が週末中心のクラブチームにおいて、週末のいずれかを休日とするというのは難しいことが予想される。

一方で部活動の地域移行については、指導者問題がついて回る。そもそも、授業が終わる夕方から指導できる人がどれだけいるのだろうか。定年を迎えられた近所の方が指導しているケースもあるが、科学的なトレーニングが叫ばれ、指導方法も日進月歩している中、選手たち、さらには親御さんたちが満足できる指導が安定的に届けられるかと言えば、少し疑問が残る。大会の運営に関してもそう。中体連の場合、運営を教員が担っているケースがほとんど。この大会もいずれはなくす方向のようだが、誰が大会運営をするのだろうか。真剣に議論されている雰囲気はない。さらに加えるのであれば、小学生の全国大会をなくす動きもある。提言しているのはかつての五輪メダリストの方々。「極端な体重管理や、過度なトレーニングが小学生にとって良くない」というのが主な理由だそうだ。日本の場合、五輪メダリストの多くは柔道もしくは水泳。サッカーや野球などのメジャー競技と言われるスポーツの関係者はそこにいない。勝利を目指すことはそんなに悪なのだろうか。

学校単位でチームを結成する部活動。教員の働き方改革も承知しているが、部活動はそんなに価値がないのだろうか。多くの教員は勝利を目指す過程で、子供たちが手にする力の価値を知ってくれているような気がする。識者の方々にはさまざまな方を交えた、本気の議論をお願いしたい。




笹田学園

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